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二尊院

二尊院(にそんいん)は、京都市右京区の嵯峨野にある天台宗の寺院。山号は小倉山。詳しくは、小倉山二尊教院華台寺という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像による。

境内の墓地には、角倉了以、三条実美、阪東妻三郎らの墓がある。総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は、紅葉の名所として知られる。また、奥には、百人一首ゆかりの、藤原定家の時雨亭跡とされる場所がある。

平安時代初期の承和年中(834年 - 847年)、嵯峨天皇の勅により円仁(慈覚大師)が建立したと伝える。以後、荒廃するが、鎌倉時代初期、法然の高弟である湛空らにより再興される。

応仁の乱により堂塔伽藍が全焼するが、本堂と唐門が約30年後の永正18年(1521年)に三条西実隆によって再建された。
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伽藍 [編集]
本堂 - 永正18年(1521年)、三条西実隆によって再建。
勅使門(唐門) - 永正18年(1521年)、三条西実隆によって再建。
総門 - 伏見城の薬医門を移築したものとされる
八社ノ宮 - 室町時代建立
弁財天堂
鐘楼
境内には公家の二条家、三条家、四条家、三条西家、鷹司家の墓地のほか、伊藤仁斎・伊藤東涯父子、角倉了以・角倉素庵父子の墓などがある。また境内奥には土御門天皇、後嵯峨天皇、亀山天皇の分骨を安置する三帝陵がある。

文化財 [編集]

重要文化財 [編集]
木造釈迦如来立像・阿弥陀如来立像 - 本堂に安置。鎌倉時代の作。向かって右に発遣(ほっけん、現世から来世へと送り出す)の釈迦如来、左に来迎(西方極楽浄土へ迎え入れる)の阿弥陀如来が並び立つ。両像はよく似ているが、両脚部の衣文の形式などに変化をつけている。通常の阿弥陀如来像は親指と人差し指(または中指、薬指)で輪をつくる印相を結ぶが、当寺の阿弥陀如来像は下げた右手の指を5本とも真っ直ぐ伸ばしている点が珍しい。
絹本著色逍遥院実隆像・称名院公条像
絹本著色浄土五祖像
絹本著色十王像
絹本著色釈迦三尊像
絹本著色法然上人像
法然上人七箇条制法 附:蒔絵箱
法門名義 巻第一

その他 [編集]
本堂勅額 - 後奈良天皇筆、「二尊院」。
唐門勅額 - 後柏原天皇筆、「小倉山」。

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2009年03月17日 09:19に投稿されたエントリーのページです。

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